生き物や写真について思っている事をこれでもかって位書き綴ってみた。

[pe2-image src=”http://lh3.googleusercontent.com/–o1Pl5NfBbk/VdsWvMra_6I/AAAAAAAAhso/h2sN89o6z0A/s144-c-o/DSC_2675.jpg” href=”https://picasaweb.google.com/115537487755452117699/20150824_#6186563513236520866″ caption=”” type=”image” alt=”DSC_2675.jpg” ]

ここ最近「うちの奴らが歳食ったから」とか「飼育スタイルと撮影スタイルが喧嘩する」とか漠然と言っていたけど、自分の生き物や写真に対する思いとかを全部本音で書いてみました。
すんげー長いけど、気が向いたら読んでみてください。

と言う訳で…

僕が写真を始めて5年が経った。もうすぐ6年。
一般的には写真を始めるって言っても色々あると思う。

例えば本格的には写真撮らないけど、スマホや携帯で日常的に色々撮る人。
日常的には撮らないけど、記念写真だとか珍しいもの見つけた時とかに記録位は撮る人。
コンデジ程度のカメラを持っていて、状況に合わせて使う人。
コンデジに満足できなくなって一眼レフ買ったらハマッた人。
あとはプロの写真に魅せられて写真の世界に飛び込む人。

他にもいろいろいると思うけれど、僕の場合はと言うと、それまで携帯/スマホは持っていたものの、カメラ機能なんてほぼ使わなかった。
使ったのは買ってすぐに「ああこんな機能あるのね。」って確認した時位。
一応コンデジも持ってたんだけど、35万画素だかなんだかの、20年位前のシロモノ。対応OSがWindows95世代のやつね。
当然写りも悪ければ電池持ちも悪く、ほとんど使わなかった。

5年経ったと言えばカンと記憶力の良い方もしくは僕の事をよく知っておられる方はお分かりかも知れないけれど、僕が写真を始めたのは、うちにたま(ニシアフ)がやって来た暫くあと。
それまで「写真なんて適当にシャッター押せば写るんやろ?」ぐらいの雑な考えだった。

ところが、いざ始めてみると本当に難しい。
最初は10000円ぐらいの安いコンデジを購入して、うちにやってきたたまを撮っていたんだけど、これがなんていうかもう、本当に、残念な位に、綺麗には撮れない。
シャッターをポンと押してもぶれっぶれだったり変な色だったりピントが全然合ってなかったりw
それまでコンデジどころか携帯のカメラもまともに触ってこなかったのだから当然と言えば当然なんだけど。
なんでやー!って思いながら、「3,4万するカメラを買えばきっと綺麗に撮れるはず!!でもカメラに3万とか高いよなー…」とか当時頭を悩ませていたのを覚えてる。

そんな時、僕の身内が、「一眼レフ使ったら?」と言い出した。
そらもう「は?」ですよ。
「一眼レフ?んなプロが使うもん使えるわけねぇ。そもそもカメラに3万出すのが…って悩んでんのに一眼レフとかさ。無理やん。」と文句を垂れたら、「あるよ。」と。
そりゃ、また「は?」ですよ。

そんで出てきたのがNikonのD100。当時で見ても7年ぐらい前の型落ち機種なんだけど、素人目にはスゲーカメラ。
見るからになんかよく写りそう。なんでも撮れそう。(でも液晶しょぼいw)
まぁそれはともかく借りてみると、カメラ自体が古いのは置いといても、ファインダーをのぞき込んで撮影するスタイルだとか、カメラ保持する感覚だとか、なんか凄く目新しくて。
とにかく興奮して、ものすごく楽しかったのを覚えてる。
そりゃまあ、「プロが使う物」だと思っていた一眼レフが目の前に急に出て来たんだから、話の唐突さったらなかったよね。

で、暫くD100借りてアレコレ撮ってみたんだけど、フィーリングは確かにいい。
だけど、結果がいまいち。
そりゃあデジタルもので7年前の型落ちって言ったら相当なもんだから、仕方ないんだけど。

って事でメカものに詳しい友人たちや、配偶者とアレコレ相談して(本当に1か月ぐらい毎日のようにだったんじゃないかなw)結果NikonのD90を初めてのカメラとして買った。(本格的に写真撮るぞ!って意気込みで買ったって意味ね。)
ほんで最初はキットレンズの18-105mmで色々撮ったんだけど、このレンズ全然寄れないの。
今どきコンデジはマクロ当たり前だから、「一眼レフが何で寄れないのよ」って思ったね。
で、渋々追加投資としてシグマの70mmマクロを買って、ほんで世界が開けたと言うか。
「うわ、なんだこれ、すげぇ」って。

こっから暫くはもう機材沼にズブズブはまっていった。
あれも綺麗に撮りたい、これも綺麗に撮りたい。って。

いつからだろうか。
気が付くと、「目の前のものを綺麗に撮りたい。」から「絵になる物を撮りに行きたい。」に感覚が変わってた。
賞をもらってから?雑誌に写真が載ってから?

いつからかは本当に思い出せないけど、いつの間にか目的がすり替わってた。

でも最近になって今更気づいた。と言うか理解した。
僕には写真「だけ」で勝負できるほどセンスはない。
僕みたいなのが賞貰ったり雑誌に載ったりするには、本当にその被写体だけしか見えてなくて、全身全霊その被写体が「好き」って思ってる時に、最大限努力した結果でないとダメって事に。

そらもうこの5年位、もっと賞取りたくて、雑誌に載ったりしたくて、色んな雑誌や書籍やネットを読み漁ってカメラの事勉強しまくった。
そのおかげか普通に綺麗に撮るだけなら、まぁそこそこレベルにはなったと思う。
客観的に見た腕前はどうかわかんないけど、少なくともどうやって撮ればいいかわからないって事はなくなった。

だけど、それ以上でも以下でもないんじゃないかって最近思う。
つまり、機材の機能はだいたいわかってきたし、使いこなしの面では大体大丈夫なんだけど、肝心の絵作り(画面構成)のセンスが全くない。

だから子供の頃からスマホカメラとかばんばか使ってる子らの撮るセンスの良い写真と比べると見ててなんも面白くないの。
またはそんな子らが良い機材を使いこなすと、一瞬で追い抜かれるの。
テーマをもって、撮影時に完成形のビジョンを持って撮ってる人なんかはるか雲の上。
自分の撮りたいテーマってなんだ?って考えてみても、全くないのね。

唯一残っているのは、うちの奴らの生涯を綺麗に記録しておきたい。って事ぐらい。
ただこれも相手が人間だったら「フラッシュ焚くよー」とか言えば済むわけだけど、動物にしたらいきなり物が発光するとか理解の上の不意打ちでしかない。
動物にフラッシュ撮影すると本当に嫌そうな顔、まぶしい!って顔をする。
だから極力フラッシュは使いたくない。
なんだけど、生き物の写真を綺麗に撮ろうと思うとライティングは必要不可欠。
人物ポートレートでもストロボを何灯も使って撮るってのは常識中の常識みたいになってる。(まぁそれプラスレタッチが要るんだけど。)
うちの生き物たちも歳食ってきて、それはそれでまた魅力があるからもっと撮りたいんだけど。
そんな中でも、普通に歳食ってきたやつらはまだいいのよ。良い姿見せた時に自然光で撮ればなんとかなるから。
単に好奇心からか、向こうから陽気な顔してひょこひょこカメラを観察しに来たりするしね。
問題はニシアフのアルビノみたいに目の悪い奴。

うちでは小麦女史がそうなんだけどね。
仲の良い獣医に見せて検討し合った結果を僕なりにまとめて言うと、目の悪い生き物って、極力自分の身を危険に晒そうとしない。或は危険に晒されている事に気づかない。
自然界では、前者のやつは上手く餌を取れずに淘汰され、後者の奴らは天敵に襲われ淘汰され。
でも飼育下だと餌がないなんて事はないし、天敵に襲われる事もない。
じゃあどうなるか、って言うと、広いケージがあっても安全安心なシェルターからほぼ動かない。餌は動かなくても貰えるし、他に外に出る必要性がないから。
その結果、若いうちはいいんだけれど、6年7年も経ってくるとさすがに目の良い個体とは格段に体力に差が付いてくる。
基礎の体力どうたらより、動かない事による筋力低下が著しくて、物凄く足腰の筋肉が弱ってくるわけ。
幸い歩けないほど弱ってる訳でもないので、極力歩く努力をするように餌はシェルターから遠くでやったりとかして筋力を落とさないよう努力してもらってる。

で、そういった奴を目の当たりにしていると、「かわいいかわいい」言うて写真撮ってるのもなんか違うな、と。
そっとじっくり生涯を見守ってやりたいな、と心境が変化してきた。
だから記録写真も程々にとどめようかなって。
多分この辺の心境変化は嫌そうな顔をする動物を見た時点で、2,3年前にはもう自分の中で起こっていたんだと思う。
気づかないふりしてただけか、「かわいい!」が優ってただけか。

じゃあそんな心境変化が何をもたらすのかって言うと、動機の喪失。
最初はかわいい生き物たちを、かわいく記録したい!!って思っていたんだけど、生き物を深く知り、写真の事も深く知り…ってする内に、いつの間にか全力で撮れなくなってた。
これまでの自分と同じ撮り方をしている人の写真はプロアマ問わず、見ても何も響かなくなった。どっちかって言うと残念な気持ちになる方が強いぐらい。
ライティングが天然かどうか位は生き物の目を見ればわかるしね。
この辺がここのトコロずっと言ってるスランプの原因なんだと思う。
スランプだースランプだーと言いながら、自分ではとうにわかってたんだと思うのよね。

自分勝手に生き物の感情無視して自分の撮りたいように撮るって方法もあるにはある。でもそうすると自分の心が痛むし、何より生き物が嫌がる。それじゃ矛盾してる。
これはフィールドの動物でも同じ。
捕まえて撮れば、撮るのは簡単。だけどそれじゃ生き物の表情に出る。

じゃあ代わりの被写体を…って探すのもなんか順序が違うし、たぶんそんなんじゃ良い写真なんて撮れっこない。
さて、そうなってくるとこれは根が深いぞとw

僕にとっての被写体がずっと生き物であったとしてもそうでないにしても、誰も嫌な思いをせずに、そして自分が心底楽しんで撮れる。そんな撮影スタイルを模索していきたい。と言うのが近頃の心境。
だから決して「生き物を撮るのが嫌になった」だとか、ましてや「生き物に飽きた」なんて事は全くない。
むしろ変わらず大好きだからこそ、どう撮れば綺麗に、かつ、生き物が嫌な思いをしないのかを考えているわけ。

そんな方法はいつ思いつくんだ、と言われると、一生出て来ないかもしれないし、明日急にぽんと出てくるかもしれない。もしくは技術革新によって簡単に解決するかもしれない。
そればっかりは僕自身もさっぱりわからない。
だけど模索し続ければきっと自分にとっていい結果が待っていると信じたい。
その間、人様の撮った写真に嫉妬したり悔しがったり色々あると思うけど、やっぱり自分の思いを捻じ曲げて撮るのは違うと思うから、自分のスタイルは貫いていきたい。
それが結果評価されようがされまいが、ね。
よそはよそ、うちはうちってやつですねw

さてさて、とてもとても長くなりましたが、ここまで読んで下さった奇特な方に感謝感謝です。ありがとうございます。
これからも自分の気の赴くままに(アップダウンはおおいにあると思いますが)撮って行こうと思いますので、よろしくお願いいたします。

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