ノコギリスズメ
ノコギリスズメ 頭部側から

スズメガ科ウチスズメ亜科に属するスズメガ、ノコギリスズメ。ここの所見たい見たいと言い続けていた蛾、その人(人?)である。実はこの蛾の事は3年ほど前まで存在すら知らず、Twitterの某蛾屋さん(モョ屋)が2016年だったかに北海道で撮った写真を上げたのを見て調べ、一目惚れした。今では圧倒的、No.2を寄せ付けない程、推しNo.1のスズメガである。

推しNo.1だし、僕自身関西の平地住みなので会うまでめちゃ苦労したしって事もあるので丁寧目にしっかり長文書いていく。それから今回は圧縮済みだけど、大サイズの画像もリンクで貼ってあるので、拡大して見たい人はどうぞ。ってな訳で…

ノコギリスズメの分布は日本国内においては甲信越・北陸から北は北海道まで(海外ではロシアの沿海、樺太、シベリアやフィンランド、ポーランド、朝鮮など)、幼虫の食草はドロノキ・ヤマナラシのみ*で、活発に動く時間は夜半過ぎ、発生時期は7-10日程度、と、観察するにはなかなか厳しい条件の揃ったシロモノ。一応情報では年2化で4-5,6-7となっているが、結構怪しいと言う見方もある。1化目の4-5月の辺りは分布域のうち、この蛾が発生するような標高ではまだ雪に埋もれているからと言う考えもあるためだ。北海道の平地で5月に出ていると言う話は結構聞くが、まあ平地だしね。と。

(* ポプラでもOKらしいのでヤナギ科ヤマナラシ属なら良いのかも)

と言う訳で主に狙える時期は6月中頃から7月にかけてとなり、少し時期の遅い北海道でも8月の盆前位までなため、社会人にはなかなか狙いづらい。まとまった休みを月齢の良いタイミングにぶつけるのがそもそも困難で、まともに見たければ中部・関東・東北・北海道のいずれかに住んでコンスタントに通うのが無難。

とは言え北海道以外の場所では基本的にレア種扱いで、東北ですら良いシーズンにライトラを行ってもぽこじゃか来るような物ではないらしい。北海道ではいい時期であれば飽きるほど見られるとか言う話があり、通える人にとっては「あー、あれね」程度の存在だが、遠き地に住む人には「ボロボロいるらしいのに外したらつらい」と言うのもあって迂闊に手を出して爆死すると恥ずかしくてやってられない、と言う意味でも厄介なやつだ。北海道へ何回も通うと旅費だけで馬鹿にならないし、大掛かりな灯火装備は運ぶのすら困難だし。なおネット上ではマイナーかつ地味な事もあって、和名ノコギリスズメでは日付が分かるものはたった25件しか情報がない。詳しく情報が欲しい方は学名のLaothoe amurensis、もしくは英名のAspen Hawkmothで検索をすることをお勧めする。幼虫の姿などを含めて情報量が桁違いだ。

ちなみに他の蛾なら例えば街灯を見に行くにしても日没後暫くしてから行けば良く、大体その日のうちに勝負がつくが、活動の主たる時間が夜半過ぎ(0-2時)だと、日の出が4時半と早いこの時期では空が明るくなるのも早く、折角灯火に飛来しても、早々に見つけないと日の出と共に撤収してしまったり、撮影時間が取れなかったり。発生が7-10日と言うのも、その時期に梅雨や満月前後が当たると探しに行きづらい、と、「お前どんだけめんどくさいやつやねん!」感が凄まじい。そりゃそこまで本気出して狙ってない人にとっては後回し or ついでで狙う案件だわ…って感じ。

ここまで散々めんどくささを主張したがここからは良さを中心に語ろうと思う。鱗翅屋ですら人によっては「地味なエゾスズメ」とか「汚いエゾスズメ」等と表現する事もある。だが、待って欲しい。

ノコギリスズメ 表側

そりゃあ、確かにエゾスズメに比べると全体的には地味かも知れない。止まった時に後翅が前翅からはみ出す独特のフォルムは、国内で見られるスズメガではエゾスズメとノコギリスズメだけ*で、そう言う意味では地味なエゾスズメ感も無くはない。

(*稀にウチスズメが後翅をはみ出して止まっている物を(写真で)見る事はある)

しかし個人的にはエゾスズメと似ていると感じるのは、止まり方と後翅の波状の模様だけだ。その後翅ですら全体的に丸みのあるエゾスズメのそれより、やや抉れたように湾曲する外形の曲線美はノコギリスズメの方が僕は好み。残念ながらノコギリスズメの名前の由来である前翅外縁のギザギザ感はエゾスズメの方がある感じすらあるので、北方系の蛾であるコイツと名前逆であっても良かったのでは感は否めないが。

ただ上のリンクに貼ったエゾスズメと見比べて貰えたらわかると思うが、全体的なシルエットとしてはエゾスズメの方が細身で、ノコギリスズメの方が胸部を中心に肉厚で重厚な感じがある。サイズ感はと言うと、エゾスズメの開長が90-100mmなのに対し、こちらは80-90mmと、実は一回り程度コンパクト。スレンダーで長身細身のエゾスズメに対して、ノコギリスズメは一回り小柄ながらも肉付きが良く、それでいてアウトラインも美しい。単に優劣つけるシロモノではないと僕は思っている。

ちなみにノコギリスズメは全体的にグレーの蛾と表現される事が多いが、模様もできれば良く見て欲しい。まず目を引くのはグレーの中に浮き上がる黄金の翅脈。正確には黄土色…と言う感じだが、夜間探索でライトを当てた瞬間に目に入って来るその翅脈は黄金に輝いて見える。そしてグレーの体色も全体に均一なグレーではない。胸部は全体的にウォームグレーのベースカラーをしているが、毛の先端にはブルーグレーが乗り、ブルーグレーの隙間から毛流れによってウォームグレーが顔を覗かせる複雑な色味を構成している。そして翅の付け根の筋肉組織に沿うかのようにベージュの毛が生え揃い、腹部の方へとの流れを生んでいる。

一方で翅の方は胸部を覆う毛先のブルーグレーより一段青みの強い色の鱗粉で覆われている。この辺りは当てる光線によっても当然見え方が変わって来る部分ではあるが、均一な光の下で舐めまわすように見れば、胸部と翅で色が異なっているのが見て取れる。そしてその前翅の中には帯状に波型の褐色模様が入る。一見すると見落としがちなこの模様だが、実は後翅をはみ出させて止まる姿の時に、前翅と後翅で半円を描くように繋がる。この半円模様は胴体の腹部にも繋がっており、まるで丸鋸のようでもある。上の写真では見つけた時の姿そのままで撮りたかったので、後翅の開きが甘く波型が一段ズレてしまっているが、いずれは繋がった状態もこの目で見て見たいものだ。ちなみにエゾスズメではこのように後翅-前翅-腹部に繋がった模様は見られない。丸鋸のようだと評したこの模様だが、見ようによっては暗雲立ち込める空模様のようにも見え、さながら屏風絵や天井絵の風雲図や竜の図に見られる雷を伴う雷雲のようでもあり大変渋い。

ノコギリスズメ

まるでヤラセのような背景だが、溝に被せられた木蓋の上に落ちており、自分がどこに乗ればかっこよくなるのか把握しているモデルのようであった。お前、最高かよ…。そこまで意識高いなら後翅をもう少しですね…。

ついでなので今回の闘いの記録も添えておく。
2019.07.03 北海道札幌市周辺:新月に合わせて水銀灯巡りをするも惨敗
2019.07.06 北陸甲信越エリア:月齢悪くなく食草多い。虫屋S氏に車を出して貰い、ライトラをするも惨敗
2019.07.13 甲信越エリア:曇天狙いも惨敗
2019.07.17 甲信越エリア:夕方の特急飛び乗りで現地入りし、曇天だが惨敗
2019.07.20 北陸甲信越エリア:再び虫屋S氏に車を出して貰い、ライトラをするも飛来せず。日付が変わって21日1時頃ライトラポイントから600m程離れた場所で地面に落ちているのを発見。

なお、撮影的には満足していないが、諸事情(ライト付近で寝ている虫屋S氏を起こしに行ったりとか、雲間に強烈な月が見えてきたとか)で、早々に撮影を切り上げたので、また機会を作って撮影に挑みたい感は残っている。丸鋸模様も撮りたいしね。

ってな感じで語彙力無い僕でもこんだけ語っちゃう位には良い蛾!素敵!最高!今度はまた違った写真も撮る!ぞ!!うおおおおおおおおお!!!!

あ、そうそう。月末北海道は飛行機取ってるので行くつもりでおります。もちろんノコギリも探しますが、今最も見たい蛾トップ4の内、僕的3位の奴を狙うのに時間を使おうかと思っています。こっちは昼の蛾なのでなかなか僕が苦手とする所ですが、会えるといいなあ。8月に約束している皆様、詳細な連絡は今しばらくお待ちを…。北海道から戻り次第順次返答します故…!

最後になりましたが、僕のノコギリチャレンジに直接協力して下さった皆様、間接的に情報と言う形で協力して下さった皆様、本当にありがとうございました。僕は今スーパーハッピーです(笑)

4 Comments on “ノコギリスズメ Laothoe amurensis amurensis”

  1. これがノコギリスズメか!前見せてくれたウンモンとどっちが大きいの?
    一目見て良さはわかりづらいけど、確かに君の好みにぶっ刺さりそうな柄と形状やね。
    和の装飾に似合いそう。外套とか羽袖とか。
    でもほんと会えて良かったね。みんな心配してたもん。これで北海道勢と関東支部メンバーがチャンスとばかりに押し寄せて来るのでは(笑)

  2. ウンモンよりかは流石に一回りぐらいデカいかな。体が丸くて肉厚だから存在感あるよ。
    羽袖はわしも欲しいなって思ってた。でもちょっとおちゃめ感出してフード(もちろん頭部再現)でお願いしたい。真剣に欲しい。

    いやまじでやっと解放された感あるわ。当面見たいのって海外案件しかないからのんびりさせて頂くよw

  3. 本当におめでとうございます(笑)
    昨日も書きましたが文章の端々から達成感がほとばしっているのが伝わってきます。
    そして正体はノコギリスズメでしたか。知らない蛾です…
    こんなにカッコいい蛾が日本にいたとは。
    確かにその辺にはいなさそう、というか見るからにレアな印象です。
    苛酷な地で守り神として現地民から信じられているような。
    青の濃淡を貫く黄金の翅脈。
    表現をお借りするとまさしく雷鳴伴い暗雲立ち込める。
    胴体の基色がグレーというのも渋いですね。
    ロボット好きにも好かれそうな気がします。
    いやぁ良いもの見せてもらいました。
    改めておめでとうございます!!!!!

    • ありがとうございます…!
      いや、ほんともうね、見つけてからと言う物、普段テンションが低空飛行気味の僕がニッコニコです。今なら大抵の物を見ても仏の心でスルー出来そうなぐらい(笑)

      鱗翅屋ですら評価分かれる位には地味で、パッとわかりやすい良さは少ないですが、見れば見る程良さが染み出してくるスルメのような奴です。見たばかりだと言うのにまた会いたくなってしまって…。中毒性があって危ない…。

      昼杉さんがご存知ないのも無理はないですね。一般的な図鑑には載せて貰える事がほぼ無いですし、標本になってしまうとその独特の止まり方が消えてしまうので展示される事も少ないですから。そう言う意味で採集屋にも敬遠される傾向があるので、生きてる奴を見てなんぼの虫ですね。北方に赴く機会があれば是非…!

      >ロボット好きにも…
      そうですね、オオシモフリとは人気を二分しそうな?
      重厚「感」だけならオオシモフリと充分張り合えそうです(笑)

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